最終回は岩と競技の違い、今までの中で
印象に残るクライミング、二人のこれからをお聞きしました。

Interview 05「岩と競技、その違いと関連性」

公開日:2020年5月25日

岩と競技、その違いと関連性

── 二人にとって岩と競技はどのような違いがありますか?

村井 岩のラインっていうのは自然にできたもので、人を登らせるために作られたものじゃないんで、そもそも、そのラインが人間に登れるかどうかもわからないんですけど、その登れるかわからないものに挑戦していくおもしろさがあります。
コンペは人が登るように作ってるんで、作った人の意図を読むっていう心理戦的な要素を楽しめるのが醍醐味なのかなって思ってて、そこが大きな違いかなって。

野村 (楢崎)智亜君がルートセッターのクセを研究してて、もうなんか、そこまで行ってるんだなって思ってました。コンペティターってセッターとムーブを研究してっていうところまで行ってるんですけど、予想じゃないですか。セッターが新しいことをしようと思って、全然、違うのを出してくる可能性もあるし。その意味では、コンペのほうがアプローチの方法は難しいのかなっていう気はしてます。しかも1回勝負じゃないですか、それこそ。
岩は登れるってわかってからが、メンタル勝負だと思うんです。登れるってわかってから落ちてもいいし、先延ばしにしてもまたできるから、ある種の余裕を消さなきゃいけないっていうか。全体的な実力があれば、どっちも戦えるとは思うんですけど、全然、違うとは思います。

── 昨年のボルダリング・ジャパンカップ(以下BJC)後に、決勝に残った選手が全員インタビューをされていたとき、村井君だけが異質なコメントで、あれが印象的でした。まわりは「コンペのためにがんばってきました」的なコメントしているのに、村井君は「岩のトレーニングだけしてて」みたいな。

村井 「岩でコンペティターに対抗できるように」みたいなことを言ったような気がします。でも、コンペは難しいです、ホント。コンペ前にコーディネーション課題の練習とかはしますけど、直前にやってもできないんで、はい(笑)。
荻パン(B-PUMP荻窪店)で練習するんですけど、そっちのほうがBJCの予選とか準決勝よりも難しいんで、それをやってボコボコにされとけば、案外、心持ちがいい。実際、コンペのコーディネーション課題は、そんなに難しくはないですね。時間内に緊迫した空間のなかで自分の能力をどれだけ発揮できるかってことなので、普通にやればできることなんですよ……たぶん。
だから、練習だとものすごく強いけど、コンペだったら負けないなって人はいますね。直前とかで荻パン行くと、みんなめちゃくちゃ強いし、絶対、勝てないでしょ!て思ってても、本番になると「あれ? あの人、この課題できないんだ」みたいになるんで。それがコンペの効果っていうか、おもしろいとこでもあるかな。

野村 たしかに、荻パンなんか、マジで知らない人ですら登れている課題ができない(笑)。

村井 ホントにできない(笑)。

野村 去年、BJC準決勝に残ったときは相当ビックリした。もう、絶対行けないって思ってたから、「マジで?」みたいな。

── 今、BJCの準決勝に残るってかなり大変なことですよね。

村井 コンペ効果ってあると思うんですよ、ホント。メンタルの強さとかね、すごく試されてると思うし。岩でのクライミングも、多かれ少なかれ役立ってるかもしれないですね。

野村 それこそメンタル、結構、鍛えられる気がする。つなげトライっていうか。

村井 そうだね、たしかに、つなげのときってめちゃめちゃ集中する。

野村 コンペのゴール取りと似てる。岩始めてから、それで負けなくなった気はします。前はゴール落ちが多くて、それはあんまりなくなりましたね。次のホールドに対してビビらなくなったかな。

村井 決めきる力っていうのは、岩のほうがつくかもしれないですね。ハイボルダーとかやってると余計そうなる。ゴールで落ちらんねえって。

心にのこるクライミング

── 続いて、二人の印象にのこっているクライミングを教えてください。

村井 去年の「United(Decided SD/V16/瑞牆)」なのかな…。たしか、竹内(俊明)さんと初めて「Decided(V14)」を触ったときはムーブもできなかったんですけど、そのときから下部パートからつなげるラインも中嶋徹さん(Decidedの初登者)のブログで読んだり、竹内さんと話したりしてて。そのときはホントにありえなくて。
これがつながるのか?現代クライマーで可能なのか?って、すごく疑ってた状態から、まさか自分がつなげられるとは思わなかったんで、それはホントにクライミング人生のなかで一番の驚きと成長を感じられた瞬間ではありましたね。

── 国内では貴重なV16/六段ですね。

村井 そうですね。今のところV16にしちゃってますけど、いや、なんか、感慨深いですね。「初めてのV16 が初登」って、ちょっとどうなのかなって思ったんですけど、まあ、けっこう頑張ったし、やっぱり他の(V15クラスの)課題と比べても悪いかなと思って。
ていうかやっぱり今、日本の課題ってV15が天井みたいになっちゃってて、グレードの幅が広すぎて詰まってる状態だと感じるので、少し天井を上げていこうかと。まあ、それでグレードが違ったとしても、再登者と話し合ってグレードを確立していったほうが、日本のクライマーの強さの底上げにも繋がるじゃないかなって。そういう思いもあり、とりあえず、V16つけました。

── 長年のオープンプロジェクトでありながら、村井君以外成功していないのも事実です。

村井 しかも、めちゃめちゃかっこいいです、ラインが。スゴいです、あの岩……浮いてるもん。なんか斜面から生えてるみたいな感じなんですよ。見た目も、内容も、難しさも、今の人間がギリギリできるぐらいっていう、本当に奇跡のラインっていうか、本当に岩ってすごいなって思いますね。

── さて、野村君はどうですか?

野村 やっぱり、塩原で「ハイドランジア」と「バベル」と「UMA」ができた日がなんかもう、結構、あの日は……。

村井 神がかってた?

野村 ホントに調子が良すぎて。塩原は中学の頃に1回行ったことあって、「いや、こんなん登ってる人いるんだ」みたいな(笑)。
ダニエル・ウッズが塩原で登っているYouTubeの動画がすごく好きで、「こんな人と同じ課題を登る日が来るんだな」みたいな妄想してたら、いきなりできた感じだったので、単純にビックリした。スポーレで指を鍛えて、プロジェクトでいろんなクライミングをするようになって、それが結果に出たのがうれしかったです。
前のシーズンはリードのワールドカップも出てたんですけど、あんまり結果に出なくて「難しいな」って思ってたときだったんで、ちょうどそういう成果が出たのが、すごくうれかったです。

── すごいですよね。一日に五段クラスを3本登るって、野村君以外で他にいますか?

村井 いないんじゃないですか。たぶん、世界にもいないですね。

── 合計V44?(笑)。

野村 公式だとV15、V15/14です。ちょっと「バベル」と「UMA」はあれかなとは思うけど。

村井 やっぱそのスタミナすごいですね。三本合計するととんでもない手数になってる。

野村 合計80手ぐらい(笑)。でも、それからあの日の自分を研究するようになりましたね。それまでメンタルには自信がなかったけど、あれでかなり自信つきました。それこそつなげの自信がついたというか。重要なときに出しきれるっていう自信になったので、印象にのこってますかね。

── 恵那の「浮世(V14/15)」は?

野村 マジで、あれは一瞬過ぎて。「現世(V14)」ができた後だったんですよ。
なんか……右手取ったらめちゃくちゃ遠くて……足めっちゃ深いし……。うわマジか!って思って、すっごい握って右上の棚の下についている極小ホールドを踏んでみたら「あ、なんかいける」と思って手を出したら、止まって…。下がすごく調子よかったんで、「下からちょっとつなげて、どんなもんかやってみるか」っていうトライだったんです。そしたら上部で落ちるときの場所にマット敷いてなくて。だから上部の「テツコ」パートはめっちゃ怖かった。絶対落ちたくない(笑)。
あのときもメンタルに自信があったから出来たのかもしれないですね。以前だったら、上で落ちてたんじゃないかぐらいに、ちょっとテンパってました。上がスローパーで、前に一回落ちてたんですよ。

── できるものなんですね。そういうグレードのオリジナルパートを一撃みたいな。

村井 「浮世」は悪いですね。やっぱり下が悪いです。途中まで「現世」といっしょで、左に分岐するか右に分岐するかなんですけど、下のカチがとにかく痛いし薄いしで、本当にあれは握り倒す課題ですね。それで、上のランジパートで落ちると「また、下からやるのか」みたいな。メンタル的にやられるものがあるんで、それを一発で決め切ったのは、やっぱりスゴいですね。

ふたりのこれから

── さあ、いよいよラストの質問です。今後の目標を聞かせてください。まずは短期的目標から。

村井 やっぱり「Off The Wagon Sit」。すごく悔しかったんで、今年も行くと思います。僕たちが行ったあとにヴァディム・ティモノフが来て、あんな二撃で「Off The Wagon」落とされて。でも、やっぱヴァディムもシットスタートは8日くらいトライして結局できなかったんで、やっぱなんだかんだ悪いんだなと思って。自分も惜しかったんですけど、惜しいからこそ決め切れなかったのが悔しくて、もう絶対これは現役中に登りますね。

野村 僕の場合、自分のフィジカルな要素で言うと、もっと3本指というかオープンハンドを強くするっていうのが目標なのと、鳳来の成果は残したいですね。「白道」、「モナ・リザ」あたりは登りたいなっていうのはあります、今は。

村井 今月中に終わるっしょ?

野村 いやいやいや(笑)。

── では、中長期的目標。例えば、5年とか10年とかのスパンで考えてみて……、例えば、どういうクライマーになっていたいとか、こういうクライミングをしていたいな、というものがあれば教えてください。

村井 今はボルダリングがメインなんですけど、これからはちょっとリードも。やっぱ分野を広げて行きたいなと思ってて、スペインとか、スコーミッシュの「Dream Catcher(5.14d)」とか、DVDの『Dosage』とかYouTubeとかで観た、強い印象を受けた課題っていうのはルートにもたくさんあるんで、やっぱそっちにも挑戦してみたいです。
グレードでいうと、やっぱり5.15ってどういうグレードなのか気になりますし、それはもう大きな目標ですね。
ボルダーは、今はまだ再登メインですけど、最近、初登のおもしろさも感じてきているので、そっちの方にも移っていきたいなっていうのはありますね。

── 何年前でしたっけ?「明日初めて、リードで小川山行くんです」みたいなこと言って、普通に「スペシャリスト(5.13d)」一撃して、「メランジ(5.14c/d)」も一日で登ってましたね。

村井 リードまだ1日しかやってないのに(笑)。

── 野村君はどうですか?

野村 もともと僕はリードのほうが得意だったんで、やっぱり二子山とか行って、もうちょっと上手いクライミングができるようになりたいと思ってます。もっと上手いクライマーになるためにどうしたらいいかっていうのを考えていて、それを実現させていけば5年後くらいには、自然に5.15にも対応できるようになるんじゃないかなって思ってます。
リードはそれこそ9a+(5.15a)以上をやりたいですね。もともとリードの動画のほうが見るのが好きで、まあ、“ミジカシイ”ルートなら「Demencia Senil(5.15a/Margalef, Spain)」とかみたいなのも好きだし、「Silence(5.15d/Flatanger, Norway)」とかも異次元だけど、触ってはみたいですね。やっぱアダム・オンドラ(Silence初登者)ってスゴいから、そういういろいろなクライミングもできるようになってたらいいなっていう感じです。フィジカルだけではなく、いわゆる上手いクライミングができるようになりたいです。

── そういった意味では、二人ともリードクライミングにも対応できると思うので、すごく楽しみです。その二人を支えられるシューズをこれからも開発できるようにがんばりますので、引き続きよろしくお願いします。では最後に、これは言っておきたいとかありますか?

村井 10年後も20年後も名前が知られているようなクライマーにはなっときたいですね。

野村 たしかに。

── 二人の長い活躍を、アンパラレルでサポートさせて頂きます。本日はありがとうございました。

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