REPORT -フィールドレポート-

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Avalanche Forecaster
– アバランチフォーキャスター –
横山 巌 & 林 智加子 インタビュー 後編

スキーエリアの安全を守る存在

アバランチフォーキャスターとは、どんなものなのか?
前編に引き続き、その実像を探っていくインタビュー後編。

Text: Atushi INOUE
Spaecial Thanks to Lotte Aria Resort

パトロールとして経験を積み上げて最終的にめざすものがアバランチフォーキャスター

通常、横山と林のふたりは午前5時頃、事務所に出勤。ネットを介して、その日の気象情報などを集め始める。「気温、風、日射、降雪、降水など積雪に影響を与える要因があるので、それらがアライにどういうふうに来るのかということを読み取っていきます。いまの積雪の状況に、それらが加わったらどうなるかというところが、雪崩の可能性を判断する目安になります。ですから、ピンポイントでどれぐらい雪が降るとか、何時ぐらいから降り始めるとか、何ミリぐらい降るなど、細かく気象情報を見ていきます」(林)

こうして集めた情報を、前日までの雪崩の発生状況や積雪内部の状況と合わせて分析。滑走エリア内のどこで、どんな種類の雪崩が、どのような誘発感度と潜在規模で存在するのか、その危険性を考え、それに対応するフォーキャスターチームの動きを決めていく。その動きは、誰と誰がチームになり、どことどこの斜面に行くのか。

そして、それぞれの斜面で、どんな方法でアバランチコントロールを行なうのかなど、きわめて具体的なものだ。その内容は毎日、ワークシートに落とし込まれ、朝のミーティングで発表される。冒頭に記した林の言葉が、2020年2月6日のスキー場オープンまでのフォーキャスターチームの動きの一部だ。

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午前7時35分、パトロールとフォーキャスターチームが新井ゴンドラに乗り込み、スキー場中間部にある膳棚ステーションへと向かう。普段なら7時ゴンドラ乗車なのだが、大雪の影響でゴンドラオペレーターの到着が遅れ、30分以上遅れての始動となった。

膳棚ステーションのパトロール詰め所に入るとすぐに、窓外に設置してある降雪板を横山がチェック。これは降雪量を測るためのもので、12 時間、24 時間、そして降り始めから降り終わるまでの降雪量を知ることができる。

「降雪板をチェックして、朝集めた情報とのズレを埋めていく。もしも、大きなズレがあったら、フォーキャスターチーム全体の動きを変えていきます」(横山)

膳棚ステーションのパトロール詰め所の窓外にある降雪板。12時間、24時間、降り始めから降り終わるまでの3つの尺度で積雪量を計測することができる

午前8時すぎフォーキャスターチームが膳棚リフトに乗車、スキー場上部に向かう。ロッテアライリゾートの上部からはアンコール、ビーフリー、ベアバレーと3本のコースが延び、その周囲に、ベンザク、ハッピープレイス、船石、膳棚ボウル、大斜面という非圧雪ゾーンが広がっている。朝のミーティングで共有されたように、この日、ハイクアップしてアクセスする大斜面は終日クローズ。

「朝、爆薬で雪崩を起こしてアバランチコントロールしても、どんどん雪が降っている最中だと、すぐに次の危険性が出てきてしまう。人がいっぱい滑っていれば問題はないんですけれど、ちらほらしか滑っていないと、どんどん不安定性が上がってしまうので」(横山)というのが、その理由だ。

フォーキャスターチームがまず向かったのは、膳棚ボウル。斜面への入り口付近で膝上から太ももにかけての積雪がある。アバランチコントロールには、いくつかの方法があるが、ここでは爆薬によるコントロールを迷わず選択。雪崩発生区に紐をつけた爆薬を設置し、爆発させて雪崩を起こしてアバランチコントロールをしていく。「爆薬に紐をつけているのは、不発が発生したときに処理しやすくするため。爆発のさせ方にもいろいろあり、たとえば雪が硬いときやより深い位置の弱層を破壊したいときは、竹ポールに爆薬をとりつけ、空中1.5m ぐらいの高さで爆発させて雪崩を面発生させます。ここでもつねに雪の状況を読み、そのときどきの状況に合わせて設置場所や爆薬の量を調節してアバランチコントロールしていきます」(横山)

膳棚ボウルのアバランチコントロールを終えたあと、フォーキャスターチームはふたつに分かれ、担当の斜面をコントロールしていく。

降雪板から切り出された雪は、単に降雪の深さを測るだけでなく、重さなども計測、記録されていく。これらの情報が雪崩の危険性を予測するためのひとつの基準となる

寒波の襲来により大雪を期待できたこの日、ロッテアライリゾートには朝からパウダーねらいのスキーヤー&スノーボーダーが押しかけていた。フォーキャスターチームが作業を開始して間もない午前9時30分頃の時点で、スキー場ベースのヴィレッジステーションには200人ほどが集まり、ゴンドラの運行開始を待っていた。その様子を見たスキー場スタッフから膳棚ステーションに向けて、「そろそろ下はいっぱいです」と無線が飛ぶ。それに対して「上の状況は15 分遅れ」という応答があり、ヴィレッジステーションにいるスタッフは、フォーキャスターチームの作業の進行ペースに合わせて、午前9時10 分からゴンドラ乗車を開始することを決めていく。そして、そこからあとは次々と各斜面のコントロール状況が無線で伝えられていく。

午前9時30 分、ベアバレーオープン。午前9時42分、マムシオープン。そして午前9時50分、膳棚ステーションの無線ディスパッチャーから「ひととおりアバランチコントロール完了でOKでしょうか?」という無線が飛んだ。それに対して横山から「ディスカバリーのロープ延長後、完了でお願いします」との無線があり、スキー場オープンに向けたフォーキャスターチームの作業は一段落した。

可能な限り早く、広く安全なエリアを開放すること。
それがアバランチフォーキャスターの仕事

一般的にアバランチフォーキャスターには雪崩業務従事者レベル2、爆薬を使用した雪崩管理の経験、ファーストエイド資格や山岳地帯での行動スキルなどが求められる。

横山はカナダでトレイルクルーとして働いているときにアバランチフォーキャスターという仕事を知り、雪崩業務従事者レベル1を取得。その後、日本とニュージーランド(NZ)を行き来してパトロールやガイドをするなかでレベル2を取得。NZのクレーギーバーンというスキー場でフォーキャスターを務めた経験も持つ。

林はパトロールになりたくてNZに行ったが、英語も満足な状態ではなくあえなく不採用。ボランティアパトロールとして2シーズンを過ごしたあと、雪崩業務従事者レベル1をNZで取得。翌シーズンからパトロールとして採用される。NZでパトロール経験を積むかたわら、日本でレベル1講習の通訳や講師を務めるようになる。そして、パトロールをやめNZから引き上げたのち、次へのステップのためにレベル2を取得。それから10年のあいだ日本でガイドとして活動してきていた。そんな林を横山がアライリゾートのフォーキャスターチームに誘ったのは前述のとおりだ。

「もう一度パトロールをやるなら、アバランチフォーキャスターとしてでなければ戻らないだろうと思っていました。海外では、経験を積み上げて最終的にめざすポジションのひとつがアバランチフォーキャスターでしたから。だから、アライでアバランチフォーキャスターとして働かないかと誘われたときは、自分のステップアップという意味でも、自分の経験を生かせる場としても、このチャンスは逃せないという感じでした」(林)

北米やヨーロッパ、そしてNZのスキー場では、アバランチフォーキャスターは大きな権限を持つ。「スキー場のオープン・クローズを決める存在」という横山の言葉は、その権限の大きさを如実に物語っているといえるだろう。ロッテアライリゾートでのアバランチフォーキャスターの権限はそこまで大きくはないが、スキーエリアの各斜面のオープン・クローズを決め、それに対する責任を持つ。自己保身的に考えると、少しでもリスクのある斜面はクローズして……となりそうなものだが、横山も林もそれとは対照的なスタンスに立ち、その任務にあたっている。

「危険をともなわない限り、できるだけ積極的に開けるようにしています。アライの斜面の多くが上級斜面なので、うまい人が滑って、後ろからスラフが流れてくるぐらいはいいと。ただ、そんなときは斜面の入り口の看板に『スラフ注意』と書いておく。クラックが開いていれば『クラックに気をつけて』だし、『コンディション最悪』と書くこともありますが、それでもできるだけ斜面を開けるように。だから、クローズしているときは、本当に駄目なときです。それはお客様にもきちんと理解してもらいたい」(横山)

横山や林のこうした姿勢は少しずつだが確実にアライリゾートを訪れるスキーヤー、スノーボーダーに浸透しているようだ。

「大雪が降るようなコンディションの日は、どうしてもコースオープンが遅れてしまいやすいんですけれど、そんなときでもお客様は文句を言わずに待ってくれます。この人たちがクローズといっているのなら、本当に危険な状態なんだと。アライだから開けてくれているんだという声をよく聞く気がします」(林)

斜面のオープン・クローズを示す看板。この日のボードには「40〜50cmの新雪!!お楽しみ下さ〜い!!」と書かれている

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雪の情報を読み、雪崩の危険性の有無を判断。その危険性を低減化してスキーエリアの安全性を保つアバランチフォーキャスター。日本ではまだロッテアライリゾートだけにしかない役職だが、バックカントリー人気の高まりを受け、管理区域内にあるオフピステを開放するスキー場が少しずつ増えているいま、ゆっくりとだがその重要性が認められるようになってきているといえるだろう。では、アバランチフォーキャスターにとって必要なものは、いったい何なのか?

「事実に基づいて意思決定し、憶測で決断しないこと。自分が簡単に間違える可能性があることや、自分で観察できる情報はごく一部であることを自覚し、他者と積雪情報や失敗について共有できるオープンな心を持つこと。そして、その中心に“滑ることが大好き”という気持ちがあることだと思います」(横山)

現在、雪崩業務従事者レベル2を取得している日本人は20 名程度といわれている。そして、横山と林を除き、そのほとんどがガイドとして活動しているという。アバランチフォーキャスターという仕事は、それほど狭き門だということだ。「だからこそ、せっかくアライで点いた火を絶やさずにいきたいと思っています。いま、アライでパトロールをやっている人たちが、おもしろそうだなと思って、めざしてくれたら嬉しいですね」(横山)

左:横山 巌(よこやま いわお)
カナダのスキー場で働いているときにアバランチフォーキャスターという仕事を知り、雪崩業務従事者レベル1を取得。雪を追いかけ日本とニュージーランドを行き来するなかでレベル2を取得、NZのクレーギーバーンでフォーキャスターも務める。群馬県みなかみ町でガイドとして活動したのち、17/18シーズンからアライリゾートでアバランチフォーキャスターを務めている。 RMUサポートガイド

右:林 智加子(はやし ちかこ)
パトロールになりたくて訪れたニュージーランドで雪崩業務従事者レベル1を取得。日本とNZでパトロールやガイドとして活動。パトロールをやめNZから引き上げたあと、次のステップのためにレベル2を取得。その後10年間、登山&スキーガイドとして活動したのち、19/20シーズンからアライリゾートのアバランチフォーキャスターを務めている。 G3サポートガイド